新宿から黄色い電車に乗って、武蔵関への旅が始まるのです。 武蔵関の住人さんにとっては通勤通学の道のりだが、私にとっては旅の始まりなのである。
しかし、鷺ノ宮と都立家政の間が短すぎるのは何とかならないのでしょうか。 たった500mしかありません。
武蔵関には各駅と準急の停車となりますよ。
駅についたら南口から西へ向かいます。 そうそう、井口稲荷へ行きました。 井口さんは今でも武蔵関付近に多い苗字みたいですね。
お参りしてから医者に行くと治ると言うのがリアリティがあって良かったです。
武蔵関公園への道すがら、天祖若宮八幡宮へ。
長い参道を歩いて厳かな雰囲気の神社境内へ。 高い木々に陽の光も遮られ、ひっそりとしています。
ゆっくりと散歩するには最適かもしれません。
もう公園はすぐなのですが、この間まで公園の話だったので割愛します。
南進して、武蔵野市との境まで歩くと千川上水に出ます。知らない人にはただの農業用水にしか見えない。右が吉祥寺・左が練馬です。
暗渠になったりならなかったり・鯉がいたりいなかったりで、延々と続きます。
千川上水は江戸時代の水道として、元禄9年(1696年)、本郷、浅草方面への飲料水を供給するため、玉川上水から分水されました。 その後紆余曲折の末、復活。
アイラブ・キャベッジファーム
上水が暗渠になり、青梅街道に出ると、それはある。
かんかん地蔵。
一見罰当たりな感じがして、軽くしか叩けなかったが、葛飾のしばられ地蔵(こちらは荒縄でぐるぐる巻き)よりは罪悪感がない。
かんかん地蔵は何故だか全国にあることが判った。 埼玉・兵庫・山梨・・・まあ検索しただけなんですけど。足元を叩くタイプと自分が痛いところを叩くタイプに分かれるようです。
むさしのの くさにとばしる むらさめの いやしくしくに くるるあきかな
会津八一の歌です。 もう武蔵野は物寂しくなんてないと思うのですが、昭和初期のこの辺りはどの様な風景だったのでしょうか?
比較的青梅街道や富士街道に近いこの辺りは意外に賑わっていたのでは?と思うのですが。
かんかん地蔵から住宅街に少し入ると法融寺というお寺があり、境内には幾つか歌碑があります。