井口稲荷を出て、そのまま道なりに歩くこと20秒。 すぐに長い参道が見える。
長い、参道が長い。神社本体が見えない。
天祖若宮八幡宮はもともと関村の鎮守の神社であった天祖神社と若宮八幡が合わされ、昭和49年に天祖若宮八幡宮となりました。
神社界吸収合併など、なかなか大変である。
いよいよ鳥居前まで来ました。 まだ遠いですね。
キラーンと木漏れ日が輝く。
この日は晴れの予報だったが、雲が多くてせっかくの撮影には向かず。
時々射す陽の光に和みます。
ナンのカンの言ってようやく正面。
狛犬が筋肉質で強そうです。
石柱の表には 国威宣揚と刻まれ皇紀二千六百年とある。
裏は 板橋区青年団石神井部団第5分団 板橋区女子青年団石神井西分団 とあるねぇ。
国威宣揚と皇紀二千六百年がセットになった石柱は日本中に結構ある。 国威宣揚キャンペーングッズである。
歴史はそのままに、静かに残しておくのが良い。そのうち富士塚の奉納の石碑のように数百年後に誰かびっくりすることだろう。 私が言いたいのは当時はここが板橋区だったと言うことだ。当たり前だけど。