まあ、いつものことながら、路地裏を歩くと不安になりますね。 碁盤の目のように感じていても、写真のように「くっ」と曲がっていると、予想と違うところに出たりして。
あまりきょろきょろしていると不審に思われるし。
法融寺はまだか?
失敗なんて
あたりまえ
いつの頃からかお寺に標語というか、ガンバ系の言葉が貼り出されているのをよく見るようになった。 掲示板の前に立って「ナルホド、失敗なんてあたりまえか〜」としばし考える。
でも、誰も失敗を担保してくれたりはしないのです。 特に大人の世界は。 やっぱ失敗はいかんよ。
お盆にお墓へゆくと「みつる」風の標語だらけだったりします。
法融寺なのです。
いや、学校が浄土真宗系だったので入学式などではお世話になりました。
宗教学を落としそうになって済みませんでした。 と、告白。
会津八一って知らなかった。 早稲田大学を卒業後、同校で教鞭をとるかたわら、歌人、書家として活躍した方だそうです。
以下練馬のガイドより引用 独特の歌風には熱烈なファンが多く、戦前に発表した奈良の古寺、古仏を詠んだ歌集「鹿鳴集」は当時の学生、若者の間で人気を博し、歌集を懐に古都を旅することが流行となった時期もありました。 歌碑には武蔵野のもの寂しい風景を詠んだ歌が刻まれています。
むさしのの くさにとばしる むらさめの いやしくしくに くるるあきかな 会津八一(1881〜1956年)は、出身地の新潟市で死去し埋葬されましたが、仲間の要請もあり翌年法融寺に分骨されました。
これが会津八一の歌碑?新しいじゃん、と思い写真を撮って立ち去ろうとしたところ、練馬のガイドブックを見たところ、別の歌碑だと判明。
要するに、ここのお寺は歌碑が多い。 小学生の俳句のようなものまで掲載されていました。 当時はこのお寺を中心に、芸術家が一同に集っていたのだ。
風が鳴る風が 鳴るのは渓あい に鬼が棲むらし 桜さかせつ
こちらは会津八一に師事した宮川寅雄(1908年東京都生)の歌碑です。 この方も早稲田だったようですが、やはり西武新宿線パワーでしょうか。
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